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HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ HOME 読み物一覧 コラルド・フェルナンデスと二人の娘 創刊号 2022,9月号 2023/04/03 コラルド・フェルナンデスと二人の娘むすめ 寺てら地ちはるな 物語  「コーポむらい」の二階のつきあたりの3LエルDディーKケーに、ミリとミリの両親はもう14年近く住んでいる。ミリが生まれた年に引ひっ越こしてきたというから、そういう計算になる。妹のサラは4歳さいだから、ここに住んで4年だ。コラルド・フェルナンデスの居 きょ住じゅう歴れきが何年であるかは、よく覚えていない。「悪いけど、お願いね。」 玄げん関かんの鏡に向かってあわただしく髪かみを整えながら言う母に、ミリは返事をしなかった。返事をしないことで、遺い憾かんの意を表明したつもりだった。日曜日の朝から留る守す番ばんを頼たのまれた。友達との約やく束そくがあったにもかかわらずだ。今日はミリの誕たん生じょう日びで、サラは熱を出してねこんでいる。遺憾でないほうがどうかしている。 友達3人が誕生日を祝ってくれるはずだった。みんながお金を出し合って買ってくれたケーキを食べ、プレゼントをもらう予定だった。ミリが彼かの女じょたちの誕生日にそうしてきたように。行けなくなったと連れん絡らくしたとき、みんなはなぐさめてくれた。しかたないよ。大だい丈じょう夫ぶ、来週の日曜日に延えん期きしようよ。そう言ってくれはしたが、来週の日曜日はミリの誕生日ではない。 父は病院に勤つとめていて、日曜日に休めることはめったにない。母は働いている会社は基き本ほん的に土日休みであるのだが、しょっちゅう「急な仕事」というものが発生し、呼よび出だされて出かけていく。「ねえ、お母さんのイヤリング見なかった? 片かた方ほうないの。」 母は玄関で靴くつをはいている。ミリはキッチンに移い動どうしながら「知らない。」と声を張はり上あげた。「オパールの、楕だ円えん形けいのやつなんだけど。」「知らないってば。」 うんざりしながら、朝食のシリアルを皿にぶちまける。「いってきます。」に続いた「ごめんね。」は、聞こえなかったふりをした。皿を持って居い間まに移動すると、ソファーに放り出されたコラルド・フェルナンデスが丸い目でミリを見上げていた。  コラルド・フェルナンデスはパペットだ。手を入れて、口をぱくぱくと開かい閉へいさせられるようになっている。スナップボタンで取り外しできる黒い帽ぼう子しに丈たけの短いはでなジャケットという、闘とう牛ぎゅう士し風の衣い装しょうを身に着けている。ジャケットにはビーズやスパンコールや鏡を丸く小さく切りぬいたものがみっちり縫ぬいこんである。口ひげをたくわえているので、コラルド・フェルナンデスはおじさん人形と呼ばれるときもある。買ったものなのか、もらったものなのか、なぜコラルド・フェルナンデスという名なのか、それが元から付いていた名なのか、はたまた両親のどちらかが付けた名なのか、ミリは知らない。ミリが知らないのだから、サラも知らないだろう。 幼よう児じであることを差し引いても、ミリの目には、サラがあまりものを知らない、かしこくない子に見える。サラはテレビの中の人にもこちらの声が聞こえると思いこんでおり、熱心に話しかける。そうかと思えば突とつ然ぜん「お姉ちゃん、ジュースにお水を入れたら、いっぱい飲めるんじゃない?」と言いだしたりもする。味がうすくなるだけだからやめときなよというミリの制せい止しをよそにサラはりんごジュースのコップを片手にキッチンに突進し、何をどうしたものかそこら一帯を水みず浸びたしにして、なぜかミリが母にしかられた。 サラには自じ己こ主しゅ張ちょうが強すぎる一面もある。ミリが父や母と話しているとき、必ずと言っていいほど割わりこんでくる。サラが生まれる前の話でもおかまいなしに「知ってる、それはね。」などと言いだすのだ。 この家では「痛いたいの痛いの飛んでいけ。」というおまじないが使われない。誰だれかがけがをしたときや腹ふく痛つうを起こしたときは、父も母も「痛いの痛いの、ぱくぱくぱく。」と言いながら、コラルド・フェルナンデスの口を動かす。誰かが失敗して落ちこんでいるときや苛いら立だっているときなどもそうだ。悪いものは全部、コラルド・フェルナンデスが食べてくれる。 ミリは、サラに会話に割りこまれるたびに苛立つ。でもその気持ちはうまくかくしているつもりだ。いちおう姉ですので、という思いがミリにはある。でも両親は気づいているらしい。ミリの苛立ちを察さっ知ちするたびにパペットを持ち出す彼かれらは、でも、そんな茶番がもうとっくにミリに通じなくなっていることにはいまだに気づいていない。 朝食をものの5分で食べ終え、ミリはサラの部屋に向かう。水色のカーテンが数センチ開いていて、そこから差しこむ日光が床ゆかに散さん乱らんするぬいぐるみやクレヨンをくっきりと照らし出していた。踏ふまないようにつま先立ちでベッドに近づき、のぞきこむ。サラは枕まくらを片かた頬ほおに押おし付つけるようにして眠ねむっていた。いちばん熱が高かったときには赤い顔をしながらも元気に遊んでいたのに、少し熱が下がった昨さく晩ばんからはずっと眠り続けている。じっと見ていたら、ぱっちりと目を開けた。「ご飯食べてお薬飲もうか。」と声をかけると、首を横にふる。「おかゆ、いや。」 そこから、怒ど涛とうの「いや」が始まった。パンもいや、スープもいや、ミリちゃんいや、ママがいい。「そんなこと言わないの。」 きつい口調で言ったつもりはなかったのに、サラはびくっと体を震ふるわせ、それから声を上げて泣きだした。ミリはその様子をながめながら、途と方ほうに暮くれる。 サラはずるい。 部屋を散ちらかしても、台所を水浸しにしても、いやいや言っても、全然おこられない。 ミリは再ふたたびつま先立ちで居間に取って返し、ソファーに転がっていたコラルド・フェルナンデスを連れてきて、サラのいやいやを食べつくした。茶番だと知りながらも、ミリはほかに妹を落ち着かせる方法を知らない。「ほうら、サラちゃんの悲しい気持ちを、全部食べちゃうぞ。ぱくぱく。」 言いながら、ばかみたいだと思った。こんな芝しば居いがかった作り声を出したりして。もし誰かに聞かれたらはずかしくて3日は部屋から出られない。  それから何とかサラにりんごジュースを飲ませ、ミルクプリンにしのばせた薬を服用させた。歯みがきをさせてベッドに連つれ戻もどすころにはミリはもう疲ひ労ろう困こん憊ぱいの状じょう態たいで、サラの隣となりにごろりと横になる。 ああ、いやだ。「姉」なんて何にもいいことがない。コラルド・フェルナンデスは腹はらが立たないのだろうか。他人の肉体的な痛みやネガティブな感かん情じょうばかり食べさせられて、いいかげんうんざりしているのではないだろうか。ミリならとっくに逃にげ出だしているところだ。 でも、コラルド・フェルナンデスは逃げられない。だって人形は自力で動けないから。ミリがこの家の長女という立場から降おりられないように、コラルド・フェルナンデスは人形であることから降りられない。「サラはずるいよ。」 言葉が勝手にこぼれ出た。ぱちぱちとまばたきをしたサラは「ミリちゃんのほうがずるい。」とつぶやく。変なことを言う子だ。そんなわけがあるか。「なんで。」 サラは答えない。なんで、なんで、ねえなんでなんで、としつこく質しつ問もんを重ねて、ようやく「だって」という言葉を引き出した。「だって、パパとママとミリちゃんはサラの知らない話ばっかりして、ずるい。」 どうしてもすぐに返事をすることができずに、しばらく黙だまっていた。 ミリには両親との3人きりの時間が、10年分ある。先に生まれた。ただそれだけのことが、もしかしたら妹の目にはとてつもなく良よいものに見えるのかもしれない。 サラはやっぱりあんまりかしこくないんだな、と思った。サラだけじゃなくてたぶん私わたしも、とも。かけぶとんの上に転がっていたコラルド・フェルナンデスを持ち上げると、いつのまにかスナップボタンが外れた帽子から、何かが転げ落ちた。 母が探さがしていた、オパールのイヤリングだった。「サラがここにかくしたの?」「サラ、知らないもん。」 とぼける妹の頬をつんと突つく。やわらかくて、少し冷たかった。もう熱はすっかり下がったようだ。 出産のため入院していた母が無事退たい院いんし、サラを連れて帰ってきた日のことを、ミリはよく覚えている。頭も手も何もかも全部小さくて、でも何もかもが、完かん璧ぺきにそろっていた。かわいいサラ。私の妹。サラが生まれた日のことを、ミリは覚えている。でもサラはミリが生まれた日のことを知しり得えない。 オパールは不思議な色の石だ。乳にゅう白はく色しょくのもやに包まれたその奥おくに、さまざまな色をかくし持つ。ミリが手をかたむけると、オレンジ色がかっていた部分が黄から緑に変化し、カーテンのすき間からもれる光に当てると、青みがかって見えた。早朝や真昼や夕暮れや、そんないくつもの空を少しずつ切り取って、雲でくるんで結けっ晶しょうにしたみたいだ。「ねえ、見て。」 サラが天てん井じょうを指差す。丸い光が、右から左にちらちらと動く。コラルド・フェルナンデスのジャケットに縫い付けられたかざりが、日光を反はん射しゃしている。サラはオパールではなく、そちらに夢む中ちゅうになっていたらしい。「きれい。」 サラは手をのばして、光をつかまえようとしている。小さいな、すごく小さい手だなと、毎日見ているのに、今初めて見たようにミリはおどろいた。「つかまえた?」「つかまえた!」 サラがぐっとにぎりこんだ手をコラルド・フェルナンデスの前でぱっと開いたから、ミリは急いで、彼の口を動かした。「わぁ、うれしいな。」と言ってみる。芝居がかった作り声ではない、本物の自分自身の声が出た。 そのうちにサラはまた眠ってしまったけれども、ミリは居間にも自分の部屋にも戻らなかった。あおむけになったまま、サラのやわらかい髪に自分の頬をくっつけて、天井の小さな光をいつまでも見つめていた。 寺てら地ちはるな 作家。佐賀県出身。著ちょ書しょに「夜が暗いとはかぎらない」「水を縫う」などがある。 読み物一覧へ戻る 関連作品 2023/04/03 イチゴ 朝あさ比ひ奈なあすか 物語 2023/10/02 君を知っている 佐さ藤とうまどか 物語 2023/10/02 新しい今 椰や月づき美み智ち子こ 物語 カテゴリー 物語 (9) エッセー (8) 科学エッセー (3) 随筆 (5) イラストエッセー (4) ノンフィクション (3) コラム (7) お知らせ (2) 入選 (2) 掲けい載さい号 第4号 2024年,4月号 第3号 2023年,9月号 第2号 2023年,4月号 創刊号 2022,9月号 創刊準備号 2022,4月号 人気の作品ランキング HOME 読み物一覧 冊子「青いスピン」 作品募集 リンク お問い合わせ プライバシーポリシー 本サイトに掲載している文章・イラスト・記事画像の無断転載を禁じます。 Copyright © 2022 by TOKYO SHOSEKI CO., LTD. All rights reserved.

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